2021年、「鬼滅の次」と目された『呪術廻戦』!その作品の魅力やブームの背景を徹底分析
芥見下々(あくたみげげ)の初連載作品であり、2018年3月から『週刊少年ジャンプ』にて連載がスタートしている、『呪術廻戦』。
元々、「編集部が満場一致で連載決定した」という、ジャンプ制作陣のお墨付きだ。2020年10月3日からアニメがスタートしたことを皮きりに、飛躍的にファンを増やしている。
そんな中、各メディアで「ネクスト鬼滅」「ポスト鬼滅」という表現で取り上げられるようになってきた。今回は、そんな2021年最注目作品である『呪術廻戦』の魅力を、週刊少年ジャンプの社会的文脈の中で捉えなおし、紹介していきたい。
『呪術廻戦』とは?
『呪術廻戦』は、人間の恨みや妬みといった負の感情が具現化した存在・呪霊を、呪術を使って「祓う」呪術師たちを描いた、ダークファンタジー漫画である。
主人公は何の変哲もない高校生の虎杖悠仁(いたどりゆうじ)。ある日オカルト研究部の先輩が、興味本位で「呪物」を持ち出してしまう。その呪物は、禍々しい呪いの王・両面宿儺(りょうめんすくな)の指であり、凶悪な呪霊を引き付けるもの。追い詰められた虎杖は、ひょんなことからその指を体内に取り込んでしまい、呪物と融合してしまう。普通の人間なら死ぬところだが、虎杖はなんと生き残り、宿儺の制御にも成功。それをきっかけに、自身が1000年生まれてこなかった逸材、「宿儺の器」と判明した虎杖は、呪術師としての道に足を踏み入れることになる…というストーリーだ。
コミックス累計発行部数は、アニメ放送開始の2020年10月時には850万部だったが、アニメで取り込んだファンが原作に流れ、わずか2か月半後の12月16日には1500万部を突破。
「書店から在庫が消えた」とTwitterでも話題になり、現在も都市部を中心に品薄状況が続いている。
特に、アニメ以降の物語を描く7巻〜最新14巻は在庫切れが相次いでいる。アニメからのファンが、その続きから単行本を購入するケースが多いためだ。
各本屋は、在庫状況・入荷予定などの情報をこまめにツイートしつつ、「お一人様一冊ずつまで」と呼びかけも行っているようだ。
2021年1月15日からはアニメ第2クールが放送開始し、本誌の展開も頻繁にトレンド入りしている。さらにSpotifyにてラジオ「じゅじゅとーく」も1/22からスタートし、今後の幅広いコンテンツ展開に期待がかかっている。
単行本の品薄状況は暫く継続しそうだ。
『鬼滅の刃』に続くブームとなるか
歴代興行収入1位に躍り出るという、空前のヒットを記録した『鬼滅の刃』。
ジャンプ読者やアニメファンだけでなく、普段アニメを観ない層にまで受け入れられ、文字通り「全年齢型コンテンツ」に成長した。
この理由については、専門家やマーケターによって、既に様々な考察がなされている。鬼退治というシンプルな構造と「友情・努力・勝利」というジャンプらしさは主軸に置きつつ、ダークな世界観、アーティスティックな戦闘描写が新鮮だった…など、論点の切り口は多種多様だ。
また、動画ストリーミングサービスの普及とコロナ禍でのステイホーム習慣が、アニメに取っ付きやすくした、というような、現代社会の事象も起因しているという指摘も的を射ている。個人的には、コロナ禍でのアニメ化、佳境に入った原作の完結、そして映画化という、三拍子そろったコンテンツの連動も、ブームを加速度的に盛り上げたと感じている。
いずれにしても、「普段ジャンプやアニメは見ない層までファンに取り込み、国民的アニメになった」という実績そのものが意味深い。少年漫画に対する世間一般の潜在的な見方を変え、「これを機にアニメや漫画を見るようになった」というような、「少年ジャンプデビュー」を果たしたファンも多いだろう。
まとめると、『鬼滅の刃』によって、少年漫画・アニメに対する社会的関心度が高まり、社会の期待値が底上げされている。この文脈で『呪術廻戦』ブームを見てみると、「ネクスト鬼滅」「ポスト鬼滅」として評される理由(もしくは評したい理由)も分かる。
だが、『呪術廻戦』の作品的性質を見てみると、『鬼滅の刃』との相違点も目立つ。そこで次に、『呪術廻戦』がそもそも作品としてファンを魅了している理由は何なのか?を見ていきたい。
「ジャンプらしさ」の融合がジャンプファンを安定的に支持させている
『呪術廻戦』がジャンプの既存作品の影響を受けている、というのは、多くのファンが少なからず感じるところである。
これについては、作者自身、言葉選びを参考にしている漫画として『BLEACH』を挙げている。また、主要キャラクターである、虎杖悠仁、同級生の伏黒恵(ふしぐろめぐみ)、釘崎野薔薇(くぎさきのばら)、先生の五条悟(ごじょうさとる)の4人の構成は、『NARUTO』のようだと感じるファンも多いだろう。
さらに、物理学的要素を取り入れた難解な術の設定と、力任せ・情任せではない戦闘の運び方は、『HUNTER×HUNTER』に通じるものがある。「反転術式」と「術式反転」など、正負のエネルギーの衝突を対照的に捉えた呪力の発動など、ただの拳の競り合いではない仕組みは、さくっと理解しづらい読者も多いのではないか。Youtubeなどで説明動画などが多い理由も頷ける。
重要なのは、これらの既存作品へのオマージュが、『呪術廻戦』のジャンプらしさなるものの踏襲に結びついているという点だ。
ジャンプ読者が読み親しんできた過去作品への親和性と、いい意味での既視感、それでいてそのどれでもないという新しさが、固定ファンの心を掴んでいる。
『呪術廻戦』の読者層から見える、ヒットの土壌
ここで、面白いデータがある。『週刊少年ジャンプ』の読者層と、『呪術廻戦』のファン層には、齟齬があるというものだ。
以下、中日新聞からの引用である。
『<週刊少年ジャンプ> 創刊号は1968年7月11日発売。当初は月2回発行で69年10月から週刊。95年に記録した653万部は漫画雑誌の最高発行部数。2018年1~3月は176万部。実際の読者構成は中学生を中心として小学校高学年~高校生が主。15歳以下が7割、16歳以上が3割。男女比は8対2(12年調査)という。』
参考:友情・努力・勝利と私たち 少年ジャンプ創刊50年:中日新聞Web (chunichi.co.jp)
ここから分かることとして、週刊少年ジャンプ自体の読者層は「小学校高学年〜高校生」の、文字通り「少年」である。しかし、『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のような大ヒット作については、それ以外の層も当然取り込んでいく。これらの作品は、単行本購入者については、男女比が半々であるといわれる。
また年齢層でいうと、男女共に、『鬼滅の刃』<『呪術廻戦』となっており、『呪術廻戦』については20代以降の成人済み漫画ファンが、10代のファンの2倍近く(女性に至っては3倍ほど)という点も見えてきた。これは、『呪術廻戦』の方が、先に述べたように『鬼滅の刃』よりも難解な戦闘設定である点、リアル寄りの作画である点が影響しているという指摘も多く、確かにそれは的を射ている。
以上を踏まえると、『呪術廻戦』のヒットの根底には、大きな潮流として「少年」漫画の「脱少年」化が見えてくる。つまり、「少年漫画は少年が読むもの」という認識からの根本的な脱却である。
さらにこれを、二つの読者層の視点から噛み砕いてみたい。
- 成人男性も「面白い」と感じるダークファンタジーと凝った設定
「冒険」や「青春」の持つ概念や、単純明快なバトル設定という少年漫画の王道的なイメージからズレた世界観は、少年を過ぎた成人男性もハマりやすくしている。
①ヤングジャンプや少年マガジン寄りの、いわゆる「ダークファンタジー」の隆盛期
『鬼滅の刃』は、今となっては小学生などの子どもたちに大人気だが、23時30分からのアニメ放送であったことから分かるように、そもそも深夜アニメの枠である。原作に忠実なグロい描写や残酷な展開も多い。ここには、『東京喰種』や『進撃の巨人』など、ここ数年話題となってきた「原作→アニメ化ヒット作品」の延長線上に、『鬼滅の刃』のヒットがあることが分かる。
『呪術廻戦』も例外ではない。その世界線では、ジャンプの代名詞である「友情、努力、勝利」は、よりシビアな展開の中で強いられる。
ダークファンタジーの十八番と言えば、主人公の闇堕ち・敵と融合する展開や、主要人物の死も厭わないような展開、ホラータッチの敵方ビジュアルや戦闘シーンだが、『呪術廻戦』はまさにそんな特性を柱に据えているといえる。
②善悪対決も一筋縄では無い場合が多い
作者の担当編集者が、「呪霊は完全な悪とは見ていない」という趣旨の発言をしていた通り、呪霊は「人間が生み出したもの」。完全悪とは言い切れず、むしろ克服、対峙すべきものである。
『進撃の巨人』では巨人が元々は人間であったし、『東京喰種』に出てくる主人公は、敵側である「グール」の血を半分もつ「半グール」という存在だった。『鬼滅の刃』においても、主人公・炭次郎の「醜い化け物なんかじゃない 鬼は虚しい生き物だ。悲しい生き物だ」という台詞が印象的だった。
こうした設定は、二項対立や勧善懲悪を変質させた構造であり、現代に調和する少年漫画のトレンドに見える。
③大人気キャラを「落とし込む」
『鬼滅の刃』の映画で一躍「時のキャラクター」となったのが、「煉獄杏寿郎」。主人公の師匠のようなポジションで、鬼を滅する組織・鬼殺隊において、最強と言われる「柱」の一員である。その生き様にフォーカスされた映画であるため、主人公と同等かそれ以上の注目が集まった。
一方、『呪術廻戦』にも、既に人気一強とも囁かれるキャラがいる。作中最強の呪術師と明言され、主人公の先生である「五条悟」だ。普段のおちゃらけた性格と、戦闘時の無双っぷりにギャップがあるキャラクターで、ポジションは煉獄杏寿郎に通じるものがある。
原作の掘り下げ方を踏襲し、キャラクターフォーカスの映像化に成功すれば、煉獄ブーム並みのファンを掴みうる。キャラクターをいかに掘り下げ、最大限に読者を惚れこませるか?という部分は、読者の期待値が高いところであり、今後の『呪術廻戦』の手腕が問われている。
- 女性ファンの増加が大ヒットに貢献
ヒット作の単行本購入者の半数が女性ともなると、少年漫画をバズらせるためには、女性読者というターゲットを無視できない状況になっている。女性ファンという部分で『呪術廻戦』ブームを見てみると、この背景には以下の2点が考えられる。
①「同人」に代表される、ファンコミュニティのオープン化
同人というのは、ファンによる作品の二次創作、パロディやファンアートなどを指す。かつては、個人サイトで主体的に参加する、熱心な創作ファンの閉鎖的コミュニティであった。(考察サイトにも言えることだが、「検索をかける」という時点である程度の興味を前提とする。)
しかし、近年はSNSでの創作アカウントの普及・拡散などを経て、創作物はよりオープンに、不特定多数に共有され、作品の再解釈・活性化につながっている。
②アニメに関するツイートでバズらせる「仕掛け」
『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』については、「アニメとジャンプ本誌の展開のリンクが巧妙だ」という指摘がよくなされる。アニメに登場したキャラに合わせて、その次週の本誌に同キャラを掘り下げる…といったような仕組みのことをいう。
『呪術廻戦』のアニメの演出そのものでいえば、OP、EDの意味深なメッセージ性を巡った考察ツイートが多いのも特徴的だ。
さらにいえば、いわゆる「腐女子層」を狙ったような、原作での描写よりも登場人物間の距離の近いアニメ描写などは、リアルタイムでTwitterに画像拡散され、トレンド入りが頻繁が起こっていた。
概観すると、「アニメ配信→リアルタイムでの感想ツイートによる共感性の高まり」の定型化は、女性ファンによる作品の拡散・バズり効果に一役買っていると考えられる。
まとめ:ジャンプの「看板漫画」の成長に注目したい
こうしてみると、『呪術廻戦』は、「ポスト鬼滅」や「ネクスト鬼滅」というような限定的性質をもつ類ではなく、むしろ脈々と変遷してきた少年漫画・アニメの文脈の中で生まれた作品であることが分かる。
まとめるとそれは、ジャンプ既存作品の踏襲、ダークファンタジーブームの潮流、そして『鬼滅の刃』の歴史的ヒットが生み出した社会的土壌、という三点だ。
2021年、加速度的に成長するであろう、同作品の展開からますます目が離せない。