進撃の巨人 オニャンコポンの話に海外ファンがとても感銘を受ける- 最終章9話(68)【海外の反応】
※アニメ最終章9話(第68話)の内容を含みます -(以降の漫画で明らかになっている内容は含みません)
ロブスターを貪るサシャ…彼女はこの世界じゃ純粋すぎた。
↑少しだけど、彼女をまた見ることが出来てよかった。
でも僕の心は、墓地のくだりで壊れた…
↑彼女の両親と一緒にいたブロンドの女の子は、前に村で救った女の子だよね。
最も悲しくて最も美しい話
「なんで肌が黒いのですか?」- サシャ・ブラウス
↑サシャからの非常に面白い無邪気なコメントだけど、もっともなコメントだ。
黒人に会ったことがなければ、同じ質問をするだろう
↑初めて親と店に行って、肌の色について質問をする小さな子供と同じだ。それは筋が通っていて、作品内でも良い扱いを受けた。
↑今日のシーンをみたお陰で、私の子供がいつか誰かに尋ねる際、「彼らは求められたから存在する」と答えられるよ
正直なところ、彼の多様性と信念の説明は、非常に的を射ている。
私はこれほどうまく説明しているのを聞いたことがない。
↑すごく興奮したよ!私は彼らがこのテーマをどのように扱ったかを見て、非常に感銘を受けた。
↑私は間違いなく「俺達は求められたから存在する」という概念をこれから使い続けると思う。大好きだ。
↑僕は黒人だけど、その説明で泣いたよ。とてもシンプルだけどとてもいい言葉だ。
今まで映画で泣いたこともないのにね。
↑本当に同意します。私はサシャについて悩んでたけど、混血のイスラム教徒として、その部分も私を巻き込んだ。
エレンのカットからサシャのカットに映る際の、シーンの切り方が格好良かった。
彼らが思いつくこういったアイデアが大好きだ。
↑それはとてもクールで悲しいつなぎ方だった。
↑あのつなぎ方は、ガビがエレンと同じだ、という考えを支持している。
彼は、マーレがパラディ島の人々に対して感じるのと、同じ怒りを持っている。
↑ガビがエレンのパラレルだという考え方は、私には受け入れられない。
エレンがマーレに射たとして、彼はガビのようにはならないだろう。
彼女は彼の単なる模造品だ。
「あいつに、うまいもん一杯食わせてくれてありがとうな」
このセリフが、すごく面白くて、すごく悲しい…
↑うん、彼女の最後の言葉を聞いたときも、笑いながら泣いた
↑彼女はニコロの名前を言おうとしたと思う…
↑やめて…今私にその話をしないで……
笑)サシャのお父さんは、タダならニコロのつくったものを食べることに同意したw彼は間違いなくサシャの父親だ。
エピソードが進むに連れ、どんどん放映時間が短くなっているよね?
今回は5分ぐらいで終わったと思う……まじで、神に誓ってもいい。
参照:https://www.reddit.com/r/attackontitan/comments/leqfjs/attack_on_titan_season_4_episode_9_brave/
確かにオニャンコポンは的を得てるな
俺も子供が似たような質問してきたら、そう答えようかな
的は「射る」ものです
最近では誤用ではなく「上手く捉える」という意味での慣用句として認められたそうです
認められたというか、本来は「的を得る」が正解です。
江戸時代には既に「的を得る」という表現が使われています。
ところが、「的を射る」という表現が出てきたのは1906年以降です。
「的を得る」の方がずっと古い表現であり、どっかの馬鹿が「得る」には「捉える」という意味があるという事も知らずに、「的は得るんじゃなくて射るものだろ」と思い込んで「的を射るが正解だ」と言い出したのが始まりです。
そして三省堂がそんな馬鹿の妄言を真に受けてしまって、辞書に「的を得るは誤用」とデマを書いてしまい、それがTVで紹介されてしまったせいで、昔からある正しい表現の方が誤用扱いされてしまい、後から出てきた勘違いの俗説の方が正しいとされてしまったのです。
後に三省堂が謝罪と訂正をしたことで、「的を得る」が正しいと改めて認められました。
警察うざ
言語は変化するものだと学びましょう
「的を得てる」さんは求められたから存在するらしいですよ
言葉狩りには徹底抗戦するけどな
変化はすれど、まずは正しいほうの言葉から覚えましょうねぇ
変化ではなく、元々「的を得る」が正解です。
江戸時代には既に「的を得る」と書かれている文献が見つかっています。
ところが、「的を射る」と書かれている文献は1906年以降です。
「的を射る」の方が後から出てきた表現であり、誤用なのです。
そもそも「射る」は「いる」と読むのであり、「える」とは読みません。
馬鹿の一つ覚えw
フロックがいるぞ!気をつけろ!
上で多様性の素晴らしさを説いてるのに人種差別するとかこいつマジかよ
ブーメラン発言すぎて草
「的を得る」を誤用としたことがそもそも間違いだったと、最初に国語辞典で誤用と記載してしまった戦犯である三省堂が謝罪と訂正をしています。
これは言葉が変化するとかの問題ですらなく、本来「的を得る」で正解な上、過去の古い文献でも「的を得る」と書かれていたのに、三省堂がロクに文献を調べもせず、勝手な思い込みで「的を射る」が正しいと勘違いして記載してしまったことが原因で広まってしまったデマです。
「的を得る」誤用説捏造問題に関しては、ネットでも三省堂が謝罪と訂正文を載せていますので調べれば普通に出てきます。
むしろ未だに「的を射るが正解」とか言ってる奴は自分で文献を調べることもしないアホですよ。
永遠んの ご馳走と眠る サシャブラウス
835-854
そこは
馳走
で575
惜しい!
オニャンコとポンは絶妙な組み合わせ
元ネタしらんのか
ガビがエレンのパラレルだという考え方は、私には受け入れられない。
エレンがマーレに射たとして、彼はガビのようにはならないだろう。
おっ、そうだな、ガビはエレンと比較すれば後で謝罪しまくるだけマトモもマトモだしなんならエレンは平和な頃でも人殺してるからキ○○イのレベルが違う。もしエレンがミカサもアルミンも居ない(ライナー達は居るけど)、調査兵団に入る歳よりも更に幼い歳で人同士の殺し合いに参加、壁内よりも嫌味だらけな壁外エルディア人の環境で産まれてたらどんな化物が誕生したのやら
言い方アレやけどほぼ同意だわw
エレンがマーレで産まれたら、マーレ人を駆逐してやる!ってなってるだろう。
根本的に常識を疑って自由を求めているわけだし、悪魔の民族だ!なんて盲信しないだろうし、マーレのために!とはならんと思うわ。
ただまぁ「そんな違いはある2人であるにも関わらず、ある程度似たような理屈で行動してるっていうこと」つまりは「違う様に見える人間が実は同じ人間なんだということ」を指してるのかもしれんな。
前回のガビのセリフを見れば判るけど、別にガビも「マーレのために!」ってなってるわけじゃないぞ。
ガビはマーレ人は基本的に自分達にひどいことをする人達だと思ってる。
だからこそ、マーレ人なのに自分に親切にしてくれた門兵の二人を特別に思っていたわけだしね。
ガビの場合は「マーレのために!」ではなく「マーレ内のエルディア人のために!」だよ。
エルディア人差別を無くすのがガビの目的であり、そのためにはマーレに尽くすのが一番だから、ガビにとってはマーレに尽くすのはあくまで手段でしかなく、目的はエルディア人差別を無くすこと。
そしてそのために「悪いエルディア人」であるパラディ島の連中を殺すことで、自分達は「良いエルディア人」だと証明できると考えているのがガビ。
親しい人が殺されたことで復讐に我を忘れているという点ではガビとエレンは同じなんだけど、
後で相手の事情とかも知ってお互い同じ人間だと判ったら己の罪を自覚し謝罪し歩み寄ろうとするのがガビ。
一方、相手の事情とかも全部判って誤解も解けてもなお、歩み寄ろうとはせず、相手を殺しつくそうとするのがエレン。
パラレルというよりは対極的な二人なんだよね。
戦う動機は同じでも、本質的な人間性が全く違うから、戦う動機が失われた時、まるで正反対の反応を示すことになる。
漫画を読んでないなら仕方ないが世界観や情勢的にも和解なんて不可能だと示されてるぞ?
人類と巨人の戦いから壁内人類と壁外人類の生存競争になっただけでエレンから戦う動機が失われたことはただの一度もない
ガビの場合失ったものや傷つけたもの、守りたいものの範囲がエレンよりも遥かに小さかった上でジャンやサシャ父、ファルコは人間が出来てたから奇跡的に許されて歩み寄れることを許されただけ
エレンから対話しようとしたところで求められるのは親しい仲間も含めて壁内人類の全員死ねとしか言われないしな
エレンが歩み寄ろうとしても世界はパラディ島のエルディア人を滅ぼす気だったけどな
一応、レベリオ襲撃する前の回想で苦悩してる描写があっただろ
後、エレンがマーレに生まれてたら反発していたというのは同意だが
レベリオ襲撃される前から戦場にいてあんな戦い方をしていたガビがまともはないわ
黒人はそれでいいけどエルディア人は存在してはいけない悪魔だったね
あ